at heart





前編






なかなか仕事のかたがつかず、いつもより遅い帰宅になってしまった。
電話の一本もできずにいたから、きっと心配してるだろうな・・・
「ただい・・・」
バイトを終え、家の玄関を開けると、なにやらリビングのほうが騒がしい。いつもならドアの開く音で、リビングから麻野が顔を出して、「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれるのに・・・
それに、このギャハハハという笑い声におれは聞き覚えがあった。



あいつら〜〜〜!



くつを脱ぎ捨てリビングのドアを乱暴に開けると、さらに耳に飛び込む騒々しい声。
「おまえらっ、何してんだよ!」
「あっ、三上!お疲れ!」
ソファにふんぞり返っておれを見上げるのは、おれのダチの崎山だった。
「先輩っ、お邪魔してます〜」
床に座り込んで大声を張り上げるのは、麻野のダチの友樹だ。
「おまえら・・・」
テーブルの上には、くしゃりとへこまされたビールの空き缶がごろごろ転がっている。
それに、一升瓶の・・・日本酒。しかも半分以上減っているではないか!
するめやチーズおかきなど、つまみの袋も散乱している。

聞くまでもなく、宴会の図式だ。
呆れて立ち竦むおれは、言うべき言葉も失っていた。
「まあ、座りいや」
崎山がおれの手を引っ張るから、仕方なくソファに腰を下ろした。
「先輩も飲みますよね?ビール?日本酒?」
「つうか、おまえ未成年だろ?」
「何堅いこと言ってるんすか!先輩らしくない!明日は休みなんだからいいじゃないですか!はいどうぞ」
ご丁寧に缶ビールのプルトップを開けて勧めてくれるから、おれは素直に受け取った。今さら止めて聞くようなヤツじゃないし、おれだって高校生の時から飲んでたんだから、強いて反対はしないのだが・・・
勧められるがままに缶に口をつけると、疲れた身体を癒すかのように喉を滑り落ちるアルコールが心地よくて、オヤジのようにふ〜っとため息をついた。
こんなことなら急いで帰らなくてもよかったのかと、心配しているかもしれないと焦りながら歩を速めて、何だかバカみたいだと思った。
一体こいつらは人ん家でどういうつもりなんだ?つうか麻野は・・・?
「あ〜せんぱいぃ〜おかえりなさ〜い」
後ろから抱きつかれてドキリとする。振り向いて確認するまでもなく、この声は・・・
「優、ひとりで行けたか?」
「友樹ってばぁ〜ぼくはコドモじゃないよぉ?行けるよぉ〜トイレくらい。ねぇ先輩」
肩から首にからまる細い腕にギュッと力が加わり、背中に麻野の体温を感じ、さらに頬をくっつけんばかりに顔を寄せられ、おれは硬直してしまった。
「外は寒かった?う〜ん、ほっぺが冷たいよ〜?」
頬をすり寄せられて、おれはガマンならず、麻野の手を振りほどいた。
「おまえらっ、麻野に何飲ませたんだ?」
麻野がかなりの酒を飲んだのは確かめるまでもない。頬にかかる息が酒のにおいを帯びていたし、何よりも、素面でおれに対して、こんな態度を取るわけがない。
おれという支えをなくした麻野は、ソファの背もたれに突っ伏してしまった。
「なにて、ちょっとその日本酒飲んだだけやんなぁ、なあ友樹」
「ちょっとって・・・これがちょっとか?これがっ!」
日本酒のビンを持つと、崎山の目の前に突き出す。
「あれ?半分も減ってるやん。優くんそんなに飲んだかなぁ」
ぽりぽりと頭をかきながら、崎山はビンを取り上げると揺らせて見ている。
「先輩、大丈夫だってば!優は酒に強いんだから!あっでも日本酒は初めてだっつってたな〜」
友樹はのんきにポテチの袋を破ると、ぼりぼり頬張り始めた。





「ねえ先ぱ〜い、ここに座って?」
いつの間に起きたのか、麻野はソファに腰かけると、隣りをポンポン叩いて座ることを促した。
普通にしていても、おれには色っぽく見えるというのに、今日の麻野は酒に酔っているせいもあるだろう、頬をほんのり紅色に染めて、潤んだ瞳でおれを見上げる。
その瞳に釘付けになっていると、邪険な視線を感じた。
「あれあれ、三上くんは優くんの艶姿に見とれとるで〜いやらしい目つきやな〜」
「う、うるさいっ!」
「あ〜こわこわ!優、ほらっ怒ってる先輩なんて放っておいて、ポテチ食えよ」
にやけた崎山に続いて友樹までもが、おれを挑発するかのような発言をして、麻野の手を引っ張った。
「いやだっ!ぼくは先輩と一緒にいるんだも〜ん」
友樹の手を振りほどいて、突っ立ったままのおれの太ももあたりにしがみついてきた。
「ぼく、ず〜っと先輩が帰ってくるの待ってたんだよ?」
あらぬところに手が当たりそうで、おれは焦りまくった。
「あ、麻野っ!離せって!」
「やだよ〜離したらどっか行っちゃうじゃんか!そして・・・ぼくはまた独りぼっちになるんだ・・・」
あろうことか、今度はしくしく泣き出してしまった。
けど、酔っ払いの発想は本当に理解しがたい。なぜそんな結論にたどりつくんだ?
しくしくがおいおいに変わり始めると、崎山と友樹がすくりと立ち上がる。
「おれら、帰るわ。あとは頼むで?」

                                                                       





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